紀元前358年(きげんぜん358ねん)は、ローマ暦の年である。
当時は、「ガイウス・ファビウス・アンブストゥスとガイウス・プラウティウス・プロクルスが共和政ローマ執政官に就任した年」として知られていた(もしくは、それほど使われてはいないが、ローマ建国紀元396年)。紀年法として西暦(キリスト紀元)がヨーロッパで広く普及した中世時代初期以降、この年は紀元前358年と表記されるのが一般的となった。
他の紀年法
- 干支 : 癸亥
- 日本
- 皇紀303年
- 孝安天皇35年
- 中国
- 周 - 顕王11年
- 秦 - 孝公4年
- 楚 - 宣王12年
- 斉 - 桓公17年
- 燕 - 文公4年
- 趙 - 成侯17年
- 魏 - 恵王12年
- 韓 - 昭侯5年
- 朝鮮
- 檀紀1976年
- ベトナム :
- 仏滅紀元 : 187年
- ユダヤ暦 :
できごと
ペルシア帝国
- アルタクセルクセス3世は、アルタクセルクセス2世を継いでアケメネス朝ペルシアの王となり、ペルシア帝国のサトラップの中心的な地位を回復した。自身の王位を確実なものとするため、彼は親戚のほとんどを殺害した。
ギリシア
- テッサリアのフェライのアレクサンドロスは、妻に扇動された妻の兄弟によって殺害された。
マケドニア
- ピリッポス2世はペオニア族を決定的に破り、オフリド湖までの支配権を確立した。
共和政ローマ
- 共和政ローマはウォルスキ族を破り、その支配地のほとんどを属領とした。共和政ローマは、紀元前390年にガリアに敗れて弱体化していたラテン同盟を刷新した。
中国
- 秦が韓軍を西山で撃破した。
誕生
- セレウコス1世、セレウコス朝の創始者( 紀元前281年)
死去
- アルタクセルクセス2世、ペルシアの王(* 紀元前436年)
- フェライのアレクサンドロス、フェライの独裁者
- コティス1世、トラキアの王
- バルディリス、イリュリアの王
脚注
注釈
出典
関連項目
- 年の一覧
- 年表
- 年表一覧



