1966年のサンケイアトムズ(1966ねんのサンケイアトムズ)では、1966年のサンケイアトムズの動向をまとめる。
この年のサンケイアトムズは、飯田徳治監督の1年目のシーズンである。この年から、チーム名をサンケイアトムズに改称した。
概要
1965年のサンケイスワローズでふれたように、日本国有鉄道に代わってフジテレビ・産業経済新聞社を中心とするフジサンケイグループが新たに親会社となったが、チームは金田正一など中心選手の移籍が相次ぎ最下位で1965年のシーズンを終了した。サンケイスワローズはチームのイメージアップを図るべく、新ニックネームを募集。漫画家の手塚治虫の『鉄腕アトム』からニックネームが「アトムズ」に変更され、またユニフォームも国鉄時代の紺色から青と赤(ヤクルトスワローズとなっても継承)に変更された。新ユニフォームのデザインをファッションデザイナーの石津謙介が、新チームロゴ「atoms」をグラフィックデザイナーの亀倉雄策が手掛けた。石津・亀倉・手塚の三人がデザインした新ユニフォームは「日本一のユニフォーム」と言われたが肝心のチーム成績は5月に5位に転落すると、8月には最下位が定位置となり、チームは大洋と同率の最下位(5位)でシーズンを終えた。対戦成績では優勝の巨人と3位阪神には11勝15敗、同率最下位の大洋には13勝13敗と健闘したが、中日には8勝18敗、4位広島には9勝17敗と大きく負け越したのが響いた。投手陣はチーム防御率が3.16とまずまずだったものの、打撃陣は貧打にあえぎチーム打率が.215、盗塁数も巨人の148個に対してサンケイは約100個少ない52個で、貧打と機動力不足では全く勝てなかった。
チーム成績
レギュラーシーズン
オールスターゲーム1966
- 取り消し線は出場辞退
できごと
選手・スタッフ
表彰選手
ドラフト
出典
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